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1章 〜アルツハイマーとは何か〜

1.1 はじめに

2015年にはわが国の65歳以上の老人が全人口の1/4を占めると言われている。老年人口の推移を見ると昭和25年には416万人にすぎなかったが、その後急速に増加し続け、55年に1000万人を超え、平成12年には2000万人を超えて2227万人となり、この50年間で約5倍になっている。

2000年の時点で総人口に占める老年人口の割合は17.5%にもなっている。2000年の諸外国における老年人口の割合をみると、イタリア(18.2%)、スペイン(17.0%)、ドイツ(16.4%)、イギリス(16.0%)、フランス(15.9%)などのヨーロッパ地域で高くなっている。こうして見ても、わが国の老年人口の割合は、イタリアに次いで高い水準にあることがわかる。

こうしたなかで、老人痴呆は深刻な社会問題になってきている。痴呆は大きく、血管性痴呆と原発性痴呆に分類できる。

血管性痴呆というのは脳梗塞や脳内出血などが原因で、脳組織が破壊されたり、血流障害のために十分な酸素や栄養分が行き渡らなかったりして、脳細胞の機能が低下してしまうものである。現実的には脳梗塞が原因のことが多くなっている。

それに対して原発性痴呆は原因が不明で起こる痴呆である。原発性という言葉は医学では原因不明であるときに用いられる。

65歳以下で発病する原因不明の痴呆の一つにアルツハイマーがある。アルツハイマーの患者の脳に見られる変化は原発性老年痴呆でも同じように見られるので、この二つの病気はもともと同じ病気で、発病年齢の違いによって、症状や病理学的変化が少しずつ異なると考えられている。便宜的に、65歳以下で発病する痴呆をアルツハイマーと言い、65歳以降で発病するものをアルツハイマー型老年痴呆と呼ぶこともある。これは発病年齢によって脳の中における変化の量的な差に注目した呼び分けである。しかし、本質的には両者は同じものなので、まとめて、アルツハイマー型痴呆もしくはアルツハイマーと呼ぶこともある。

1.2 病名について

アルツハイマーという病名は、ドイツのアルツハイマー(Alois Alzheimer)という医師が1907年に女性の進行性痴呆症患者を報告したことに由来している。物忘れや精神症状を示していた女性の脳をアルツハイマー博士が解剖し、脳が小さく萎縮していて、神経細胞が少なくなっており、老人班と神経原線維変化と呼ばれる特殊な構造物が多数表れるというこの病気の特徴を明らかにした。

ちなみに日本でアルツハイマーとして最初に報告されたものは、露木先生による1952年の学会報告だった。つまり、日本ではアルツハイマーという病気があることがはっきりしたのは、半世紀あまり前のことである。当初は65歳未満で発生する上記の症状をアルツハイマーと呼んでいた。アルツハイマー博士の論文が発表されてから70年間、様々な研究が行われていたが、あまり痴呆症は注目されていなかった。高齢化がまだ進んでいなかったので、世界的にもアルツハイマーは結核や肺炎などの感染症と比較して事例の少ない珍しい病気であり、社会的なインパクトも低かったからであるようである。1980年代になると日本人の寿命も著しく延長し、高齢化が進むにつれて、日本政府は痴呆症の研究や対策に力を入れるようになった。探求が進められていくうちに、65歳未満で発病するアルツハイマーと老年痴呆の患者の脳内の病変が非常に似ていて、症状の現れ方の強さに違いが見られるものの、本質的に差がなかったので、現在では両者をアルツハイマーとして一括することが多くなっている。

1.3 アルツハイマーの症状

アルツハイマーと言えば物忘れ、というイメージを抱いている人が多いかもしれないが、アルツハイマーの症状は決して物忘れに限らない。精神、身体の全体の機能が衰えていき、ついには死に至るのである。

アルツハイマーでは、初期には物忘れが目立つが、徐々に知(知能)、情(感情)、意(意識)の全てに渡って精神機能が低下していく。具体的には、知の機能の低下としては、自分のいる場所がわからない、季節や日付といった時間がわからない、最近のことや昔のことを思い出せない、人との会話を理解できない、自分の意思を伝達できない、物事を自分で判断することができないなどがある。情の機能の低下としては、表情の変化や感情表現が乏しい、感情を制御できない、状況にふさわしい感情表現ができないなどがある。そして、意の機能の低下としては、自発的に行動しない、物事や周囲に対して興味がわかない、気力や活気が乏しいなどがある。ただし、こういった症状、つまり全般的な脳機能の低下は、アルツハイマーに限らず、高血圧や動脈硬化が関係する脳血管性痴呆や、うつ病などでも見られるため、病院に行かなくてはアルツハイマーと判断するのは難しい。

アルツハイマーの症状は、病状の進行状況により表れ方も変わってくる。アルツハイマーの前兆としては、頑固になる、自己中心的になるなどの人格変化、不安や抑うつ、睡眠障害、不穏、幻想や妄想などの症状が多く見られる。アルツハイマーの第一期では、健忘症状(食事が済んだことをすっかり忘れているなど、一部の記憶が抜け落ちる物忘れ)に加えて、空間的見当識障害(道に迷いやすくなったりする)、多動、徘徊といった症状が認められる。第二期では、高度の知的障害や、巣症状(言葉を忘れたり言い間違えたり、思い通りに行動できなかったり、事物を認識できなかったりする)、錐体外路症状(筋肉が固くなり動かしにくくなる)といったものが見られる。第三期では、痙攣、失禁、拒食や過食、反復運動(同じ動きばかり繰り返す)、錯語(耳のことをミズと言ったりするなど、音韻や語義の違う言葉を使う)、反響言語(他人の言った言葉を真似して言う)、語間代(ナゴヤエキ、エキ、エキと言ったりするなど、言葉の語尾を繰り返す)などの症状が表れる。病状がどんどん進行すると、やがては死に至る。

こうして見ると、アルツハイマー=物忘れという考え方は完全に間違っていると言えるだろう。アルツハイマーは、精神と身体をどんどん蝕んでいく恐ろしい病気なのである。

1.4 アルツハイマーの原因

アルツハイマーは、危険因子についてはいくつかわかっているが、原因は何かという問いに対しては明確な答えがまだ出されていないというのが現状である。アルツハイマーの原因については、いくつかの説が挙げられている。それを以下で説明していく。

アルツハイマーでは、βアミロイド(Aβと表記される)というタンパク質が脳内の組織に蓄積した結果、脳の神経細胞が死滅して脳(特に大脳皮質)が極端に萎縮し、発病や病状の進行に影響しているという説が有力とされている。βアミロイドは正常な人においても合成、分泌され、年齢の増加とともに脳内に蓄積するが、酵素により速やかに分解される。分解が追いつかずにβアミロイドが過剰に蓄積すると、アルツハイマーの発病のきっかけとなると考えられている。

記憶に関わる脳細胞などにおいて老人斑という繊維状の物質が増加することが、アルツハイマーの原因であるとする説がある。老人斑は、βアミロイドがそのもととなって大脳皮質などにできる染みのようなものであり、老人斑が増加すると神経細胞が減少していく。また、老人斑が形成されると、神経伝達物質(神経において情報を伝達する物質)に関する障害が引き起こされると考えられている。しかし、老人斑はアルツハイマーの患者でない人の脳でも多く見つかるものであり、また、アルツハイマーで最も障害を受ける海馬(脳において、一時的で急激な感情や短期の記憶に関わる部分)では老人斑があまり見られない。このため、老人斑をアルツハイマーの原因とする説は疑問視されてもいる。さらに、老人斑はアルツハイマーの原因となるものではなく、アルツハイマーを発病した結果生じるものである、ということを示す実験結果も得られている。

神経原繊維変化という糸くずのような形をしたものが、アルツハイマーの原因であるとする説もある。神経原繊維変化は、古くなった繊維状のタンパク質が掃除されずに細胞内にたまって固まったものであり、アルツハイマー患者の脳内の神経細胞で多く見られ、神経原繊維変化が増加すると神経細胞が減少していく。しかし、老人斑と同様に、神経原繊維変化はアルツハイマーでない人においても見つかる。

家族性アルツハイマー(アルツハイマーのうちで遺伝するものを指し、アルツハイマー全体の2〜3%程度を占める)では、APP(アミロイド前駆体タンパク質、すなわちβアミロイドのもととなる物質)遺伝子、プレセニリン1(PS1)、プレセニリン2(PS2)という遺伝子が、原因遺伝子であることが判明している。APP遺伝子、プレセニリン1、プレセニリン2の変異は、βアミロイドを増加させて神経細胞の中に蓄積させ、アルツハイマー病を発病させると考えられている。

神経伝達物質における異常もアルツハイマーの原因と考えられている。アルツハイマー患者の体内では、様々な神経伝達物質の減少が見られる。減少する神経伝達物質は、アセチルコリン、ドパミン、グルタミン酸、ノルアドレナリン、セロトニンなどであり、特に、記憶の働きに関わるアセチルコリンの減少が明らかにされている。

その他にもいくつか説が挙げられている。まず、アルミニウムが原因として疑われている。その理由は、アルツハイマー患者の脳から高濃度のアルミニウムが検出されることが多いからである。しかし、アルミニウムを原因とする説は根拠が弱く、過去の考え方とも言われている。また、動脈硬化の直接の原因となるホモシスティンという物質が、アルツハイマーの原因だとする説もある。それから、活性酵素が原因だとする説もある。カルパインという酵素は、様々な重要な生理的機能を担っているが、アルツハイマーの原因にもなっていると考えられている。

このように、アルツハイマーの原因としては様々な因子が考えられているが、これらの因子が複雑に絡み合ってアルツハイマーを引き起こしているようである。

1.5 年齢との関係

アルツハイマーは、年齢が高くなればなるほど発症率が高くなる。現在、アルツハイマーの平均発症年齢は52才である。65歳以上になると急激に発症しやすくなり、65才以上の20人に1人は発症すると言われている。

しかし、アルツハイマーは高齢者だけが関係する病気ではない。最近は、18歳〜64歳の若年層においてアルツハイマー患者が増えている。正確な統計ではないが、その患者数は約10万人であるとも言われている。さらに、若年で起こる症状の方が速く進行すると報告されている。

アルツハイマーは、可能性という点から言えばどんな年齢でも発症しうる病気なのである。

1.6 性別による違い

アルツハイマーは、女性の方が男性よりも発病しやすいのが特徴である。アルツハイマーの患者数の男女比は、男1に対して女1.5〜3で、女性が長生きであることを考慮して統計処理しても、やはり女性の方が発症率が高い。

閉経後の女性は女性ホルモンの一種であるエストロゲンが減少し、これがアルツハイマーの発症と深く関わっている。アルツハイマーの女性患者に6週間エストロゲンを投与するという実験が1980年代アメリカで行われたが、7人中3人が注意力や方向感覚、気分に著しい向上が見られた。

ただし、女性の患者数の方が多いといっても、男性のアルツハイマー患者も決して少なくない。

1.7 時代による推移

厚生労働省では3年ごとに患者調査を行っており、「患者調査の概況」(2002)の「主要な疾病の総患者数」によると医療機関で継続的に治療を受けているアルツハイマー患者の数は約89000人(男性28000人、女性61000人)で、その数は年々増加している。治療を受けずに放置されている場合もかなりあると考えられ、実際には日本では60万人〜70万人がアルツハイマーにかかっていると推定されている。また高齢化の進展に伴い、患者数は今後急速に増加することが予想されている。

1.8 地域による違い

アメリカでは約400万人がアルツハイマーにかかっている。アメリカにおける60歳の人口のうち1%がアルツハイマーに罹患しており、65歳では2%、70歳〜74歳では4%、75〜79歳では8%、80歳〜84歳では16%、85歳以上になると30%〜40%の人が罹患している。つまり、60歳を過ぎると5年たつごとにアルツハイマーの有病率が倍になっているのである。85歳以上の人口が米国をはじめとして多くの国々で急速に増加しており、それにつれてアルツハイマーの罹患率も急速に増加している。

インドではアメリカと比べてアルツハイマーの発症率が1/4であると言われている。インド人はカレーを常食しているが、カレーの成分のウコンに含まれるクルクミンにはアルツハイマーの原因物質の生成を防ぐ効果があると期待されており、それが理由の一つと考えられる。

日本に近い中国では、推定約600万人がアルツハイマーにかかっている。世界全体では、アルツハイマー患者の数は1000万人〜1500万人であると推定されている。


不老不死への科学