×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

2章 〜アルツハイマーに対する薬〜

2.1 ドネペシル

 日本で唯一、アルツハイマーに効くとして認可された抗痴呆薬が、ドネペシル(別名アリセプト)である。アルツハイマーの治療薬開発にはこの病気の原因をめぐる仮説に合わせて様々な試みがあったが、それらの仮説のうちアセチルコリン仮説に基づいて、ドネペシルが開発された。

 

 

ドネペシルの化学的構造

分子量415.96

 

 

 

2.2 アセチルコリン仮説

脳の中では、神経細胞が複雑に連絡しあい、巨大なネットワークを作っている。神経細胞と神経細胞をつなぐ場所をシナプスと言うが、そのシナプスにおいて情報を伝達する役目を持つ神経伝達物質の一つが、アセチルコリンである。そして、神経細胞のうちアセチルコリンを神経伝達物質とするものを、コリン作動性ニューロンと言う。

脳の深部のマイネルト核や中隔という部分にはコリン作動性ニューロンが存在し、マイネルト核は前頭葉(意志、思考、創造などの精神機能と関連する部分)や頭頂葉(会話、行動、計算、位置の認識などに関連する部分)へ、中隔は海馬へと、軸索(神経細胞から出ている一本の長い突起)を伸ばしている。アルツハイマーにかかるとこのコリン作動性ニューロンが極端に減少することが知られており、そのために情報伝達がうまくいかなくなって記憶に障害が現れると考えられる。

このようなコリン作動性ニューロンの減少をアルツハイマーの記憶力減退の原因と考えるのが、アセチルコリン仮説である。この仮説の支持者たちは、アセチルコリンを脳内で増やせばアルツハイマーが改善されるのではないかという考え方のもとで、研究を進めた。

 

 

 

2.3 ドネペシルの誕生

アセチルコリンは脳内で常に作り出されているが、働きを終えると分解酵素によってすぐに分解される。つまり、この分解酵素の働きを抑えれば、脳内のアセチルコリンを増やすことができる。この考えに基づいて開発されたのが、アセチルコリン分解酵素阻害薬であるドネペシルである。この薬は日本の製薬メーカーによって開発され、一般的にはアリセプトという商品名で知られている。

名称について言うと、薬には、化学的組成、使用目的、性質などの基準によって分類されてつけられた一般名と、製薬会社が商品に独自につける商品名がある。ドネペシルの一般名は塩酸ドネペシルであり、商品名はアリセプト(製造発売元エーザイ)である。アリセプト(Aricept)のariではアルツハイマーが、ceptではアセチルコリンレセプター(神経においてアセチルコリンを受け取る部分)がイメージされている。

2.4 ドネペシルの効能

ドネペシルは、脳内のアセチルコリン分解酵素(アセチルコリンエステラーゼ、AChEと表記される)に働きかけてその作用を阻害し、アセチルコリンの量を増やすことによって、軽度および中等度のアルツハイマーにおける痴呆症状の進行を抑制する効果がある。ただし、重度のアルツハイマー患者に対する効能の成績は得られておらず、軽度および中程度のアルツハイマーと診断された患者にのみ使用される。

注意すべき点として、ドネペシルがアルツハイマーの病態そのものの進行を抑制するという成績は得られていないということがある。理由は、脳内のアセチルコリンが減少する原因であるコリン作動性ニューロンの死をドネペシルは抑制しないので、アルツハイマーを根本から完全に治す作用はないからである。ドネペシルの服用をやめれば、服用以前と同じ病状のレベルまで戻ってしまう。

2.5 ドネペシルの作用様式

ドネペシルはアセチルコリンエステラーゼに対して、非競合的かつ可逆的な阻害をする。

アセチルコリンエステラーゼは、アセチルコリンと結合してそれを分解する。ドネペシルは、アセチルコリンエステラーゼの、アセチルコリンが結合する部位とは違う部位と結合することにより、分解を阻害する。そのため、ドネペシルとアセチルコリンが、アセチルコリンエステラーゼと結合する場所をめぐって争うことはない。これは非競合的な阻害と言われる。ドネペシルとアセチルコリンエステラーゼが結合すると、アセチルコリンエステラーゼの構造が変化してアセチルコリンは結合できなくなり、アセチルコリンの分解が阻害される。

また、ドネペシルとアセチルコリンエステラーゼは、結合と解離を繰り返す。そのため、ドネペシルによる阻害は可逆的なものである。

 

2.6 ドネペシルの特徴

まず、ドネペシルは血漿中濃度消失半減期が長いという特徴がある。口を通して投与(経口投与)されたドネペシルのほとんどは、小腸で吸収され、血液中に移行して肝臓に運ばれ、肝臓から全身を循環する血管系に入る。その血液は、有形成分の血球と液体成分の血漿から成っている。血漿中濃度消失半減期が長いということは、薬が体内から消失するまでの時間が長いということである。そのため、ドネペシルの投与は1日1回で済む。

二つ目に、末梢性の副作用が少ないという特徴がある。ドネペシルのように分解酵素の働きを阻害する薬は、アセチルコリンエステラーゼだけでなく、同時にブチリルコリン分解酵素(ブチリルコリンエステラーゼ、BuChEと表記される)というものも阻害する可能性がある。脳ではアセチルコリンエステラーゼの存在比率が高いが、小腸などの末梢組織にはブチリルコリンエステラーゼが存在する。そのため、ドネペシルは末梢組織において副作用を示す可能性がある。しかし実際は、ドネペシルはアセチルコリンエステラーゼに対して選択的に阻害作用を示す(アセチルコリンエステラーゼは阻害するがブチリルコリンエステラーゼは阻害しない)ので、ブチリルコリンエステラーゼが阻害されることによって起こる末梢性の副作用は少ないのである。

三つ目に、ドネペシルは生体利用率(薬を経口投与したとき、肝臓などで代謝されずに未変化体として利用できる薬の割合)が高く、また脳移行性が良い。ドネペシルの作用部位は脳内の神経であり、作用を発現するためには、血液脳関門(血管を構成する細胞の一つで、多くの外来物質の脳への移行を妨げる関所のような働きをするもの)を通過して脳に移行する必要がある。生体利用率が高く脳移行性が良いということは、ドネペシルが薬効を持つ未変化体として作用部位に高い割合で届くということである。

2.7 ドネペシルを使用する上での注意

まず、ドネペシル、あるいはピペリジン誘導体に対する過敏症の既往歴がある人には、より重篤な副作用につながる恐れがあるので、ドネペシルを使用してはいけない。また、不整脈、消化性潰瘍、気管支喘息、錐体外路障害(パーキンソン病など)を持つ患者には、慎重に投与する必要がある。これは、ドネペシルによって血中のアセチルコリンの量が増えるため、これらの症状を誘発、増悪させる可能性があるからである。

ドネペシルと併用する薬についても、注意する必要がある。脱分極性筋弛緩剤(塩化スキサメトニウム)は、ドネペシルと併用すると筋弛緩作用が増強されることがあるので注意が必要である。コリン賦活剤やコリンエステラーゼ阻害剤を併用すると、どちらもアセチルコリンを増やす作用を持つので、アセチルコリンが過剰に増えて副作用が表れる恐れがある。硫酸キニジンなどの不整脈治療剤やイトラコナゾール、エリスロマイシンは、薬物代謝酵素阻害作用により、ドネペシルの代謝を妨げ、ドネペシルの作用を過剰に増強することがある。中枢性抗コリン剤、アトロピン系抗コリン剤は、ドネペシルと抗コリン剤が互いに干渉して薬の効果を相殺するため、双方の薬の作用を減弱させることがある。非ステロイド系消炎鎮痛剤は、ドネペシルとの併用により過剰に胃酸の分泌を高め、消化性潰瘍を起こす可能性がある。カルバマゼピン、デキサメタゾン、フェニトイン、フェノバルメタール、リファンピシンなどは、薬物代謝酵素によるドネペシルの代謝を促進し、ドネペシルの作用を減弱させることがある。

2.8 ドネペシルの副作用

ドネペシルには副作用も当然ある。重大な副作用としては、失神、徐脈(脈拍数が減る)、心筋梗塞などの循環器症状や、消化性潰瘍、消化管出血、肝炎、肝障害、運動障害などの錐体外路障害などの症状が現れることがある。その場合、投与の中止などの適切な処理をする必要がある。他にも、食欲不振、吐き気、下痢、便秘などの消化器症状、血圧の変動などの循環器症状、興奮、不眠、眠気などの精神神経系症状、徘徊、頭痛などの中枢・末梢神経系症状、肝・腎機能検査値の異常などの副作用がある。

2.9 ドネペシルの服用法

通常成人には、経口投与により初めは1日3mg投与し、1〜2週間後に投与量を1日5mgに増量する。錠剤の場合は1日3mg錠1錠から開始、1〜2週間後に1日5mg錠1錠に増量、細粒(こな薬)の場合は1日1回0.6gから開始、1〜2週間後に1日1回1.0gに増量ということになる。1日3mgという投与量は有効用量ではないが、急性の消化器系副作用を抑えるために、低用量から開始される。1日3mgの投与は、1〜2週間を超えては行われない。

口腔内崩壊錠を服用する場合は、錠剤を舌の上にのせれば唾液で溶けるが、口の粘膜(口の内側を覆う膜)からは吸収されないので、体を起こし、水または唾液で確実に飲み込む必要がある。

また、飲み忘れや誤飲を防ぐために、薬の管理は本人にさせず、医療従事者や家族の管理のもとで服用させる必要があります。

2.10 ドネペシルの形と薬価

日本では、1999年にドネペシルの錠剤が承認、発売された。また対象患者には高齢者が多いことから、2001年に細粒剤が、2004年に口腔内崩壊錠が承認、発売され、服用しやすくなっている。口腔内崩壊錠は口腔の唾液で速やかに崩壊するため、服薬の困難な患者や水分摂取に制限のある患者でも服用ができる。

こういったドネペシルの薬価(薬の値段に、処方せん料や調剤料、指導管理料などの技術料を加算したもの)は、3mg錠が1錠318.8円、5mg錠が1錠482.4円、0.5%散剤(こな薬)が1g449.8円と高く、ドネペシルが高い評価を得ていることがわかる。

2.11 DNAワクチン

ドネペシルの他に、いくつかのアルツハイマーに対する薬が開発中である。その一つにDNAワクチンがある。DNAワクチンは、アルツハイマーの原因は脳内に蓄積するβアミロイドであるという考えのもとで開発されている。その薬の仕組みは以下のようなものである。

βアミロイドを作るDNAを筋肉に注射することで、筋細胞においてβアミロイドを作らせる。すると、免疫反応(体が病気に対して抵抗力を獲得する現象)により、βアミロイドに対する抗体(免疫反応によって形成される、βアミロイドの作用を抑制する物質)が作られる。この抗体が脳内でβアミロイドを攻撃し、アルツハイマーの治療につながる。

DNAワクチンは、作用が長期間、緩やかに続き、副作用も少ないと言われている。また、根本からアルツハイマーを治すことはできなくとも、初期から中期程度の症状は治療可能であると期待されている。製品化には少なくともあと数年かかるようであるが、このDNAワクチンが使用可能になれば、アルツハイマーに対する有効な薬として広まっていくだろうと考えられる。

2.12 その他の薬

ドネペシルの効能がアルツハイマーの進行を遅らせることにとどまるように、中期段階にまで進んだアルツハイマーを初期段階まで戻すような薬や、アルツハイマーの進行を完全に食い止める薬は、まだ存在しない。しかし、アルツハイマーに対する効果が期待されている薬は、現時点でいくつかある。

まず鉄剤(血液を増加させる目的で用いる、鉄を成分とする薬)が、鉄輸送タンパク質(トランスフェリン、体内で鉄を輸送するタンパク質)などを介し、アルミニウムの代謝を制御して、アルツハイマーに対して効果を発揮する可能性がある。リウマチ患者など抗炎症剤を服用している人にはアルツハイマー患者が少ないという報告から、アルツハイマー患者の脳の中では炎症反応に似た課程が起こっているのではないかと検討されており、それが正しければ抗炎症剤はアルツハイマーに効く薬と言えるようになる。ビタミンE剤は、神経細胞死を引き起こす原因の一つとして考えられている活性酸素を消去する働きがあるので、アルツハイマーに対する効果が期待されている。アルミニウム・キレートは、アルツハイマーの原因と考えられるアルミニウムを取り囲んで体外に排出しやすくするので、アルツハイマーに効く可能性がある。また、同年齢でも女性の方がアルツハイマーになりやすく、さらに女性のアルツハイマー患者が増えてくるのは閉経後であることから、女性ホルモンの分泌が少なくなることとアルツハイマーの発病の関係が注目されており、その考えのもとで女性ホルモン剤がアルツハイマーに対する薬として検討されている。

その他にも、数多くの抗アルツハイマー薬が研究開発されているが、どれもまだ途上の段階にある。


不老不死への科学