1.2 トリプタミン

1.2.1 トリプタミンとは?
合法ドラッグの一種に、トリプタミン系と呼ばれるものがある。これは、大元の骨格であるトリプタミンという構造に色々な修飾が付いて、それぞれ生化学的作用が少しずつ異なる一連の化学物質のことである。このトリプタミンという構造は、人間の脳内の神経伝達物質であるセロトニンに類似している。よって薬理学的にはセロトニンの作用を増幅するような効果があると思われる。

セロトニン

1.2.2 トリプタミンの構造

ここではトリプタミンの骨格およびいくつかのトリプタミン系ドラッグの種類と特徴を述べる。

(1) トリプタミン
全てのトリプタミン系ドラッグの基本骨格となる部分である。ヒトの脳内神経伝達において重要な働きをするセロトニンの構造は、この骨格の5番目の炭素にヒドロキシル基が付いただけであり、同じ受容体に結合する可能性が高いと言える。

(2) AMT(α-メチルトリプタミン)

20~30mgを経口・炙りなどにより摂取すると、経過儀礼の後に視覚や聴覚の覚醒、幻惑、多幸感が約10~12時間現われる。頭痛、発熱、吐き気、四肢のしびれといった副作用のほか、BADに入りやすい、耐性がつきやすい、依存性があるなどの問題がある。平成17年4月17日より麻薬に指定された。

(3) 5MeO-DIPT(N,N-ジイソプロピル-5-メトキシトリプタミン)

空腹時に3∼12mg程度を経口摂取すると、通過儀礼の後に気分の高揚、心身の覚醒、強い催淫が4~8時間現われる。強力な副作用のほか、BADに入りやすい、SSRI及びMAOとの併用は危険である、耐性がつきやすい、依存性がある、人体に深刻な影響を与える可能性があるなどの問題がある。これも平成17年4月17日より麻薬に指定された。

(4) 5MeO-DMT(5N,N-メトキシジメチルトリプタミン)

5∼20mg程度をガラスパイプなどで炙り、喫煙するとすぐに体が重くなり、しばらくすると思考の錯乱・多幸感が現われ30∼60分程度続く。MAO阻害剤と併用して経口摂取することもある。ODによって気絶する、耐性が付きやすい、依存性があるなどの問題がある。

では次から、実際はどのようにトリプタミンが作用するかを見ていこう。


1.2.3 神経伝達の仕組み

(1) 脳の中でどのようなことがおきているのだろうか?
トリプタミンの作用の仕組みを考える前に、脳の中ではどのようなことが起きているのかを考えていこう。脳の中では、神経伝達物質のニューロンやGタンパク質などへの結合が次々と起こり、そのようなミクロな分子的な反応を介して情報が伝わっていく。その際1つのニューロンから放出される神経伝達物質は、さまざまなニューロンへと伝えられるため、脳の中にはニューロン間の多様なネットワークが形成されているのである。では少し詳しく見ていこう。

(2) ニューロンとは何か?
これまでにも何度もニューロンという言葉が出てきたが、これはいったいどのようなものなのだろうか。ニューロンとは神経細胞のことであり、神経系を作る単位となっており、核をもつ細胞体とそこから伸びる多数の突起から構成されている。つまり長く伸びた突起である軸索と、細かく枝分かれした短い突起である樹状突起から構成されているのである。

(3) 神経伝達物質とは何か?
神経伝達物質はどうやってニューロンから放出されるのだろうか?ニューロンが刺激を受けると活動電位が生じる。活動電位とは、刺激を受けた部分の細胞膜内外の電位が一時的に通常と逆転し、やがてもとの状態に戻る一連の電位変化のことをいう。このような一連の活動電位の発生がいわゆる“興奮”である。興奮すると、興奮した場所とそうでない場所との間の電位差のために電流が流れる。この電流が刺激となって、興奮した場所の隣接部が興奮し、このような一連の反応が繰り返されることで、興奮は軸索を伝導していく。そして興奮が軸索の末端まで伝導されると、末端部にあるシナプス小胞から神経伝達物質が分泌されるのである。この際興奮は軸索の両方向に伝わるにも関わらず、実際には一方向にしか伝わらない。それは軸索の末端部と次のニューロンとを連結する間隙であるシナプスにおいて、興奮は化学物質である神経伝達物質によって仲介されているからである。神経伝達物質には、アセチルコリンやノルアドレナミンなどがある。

(4) 受容体の役割について
神経伝達物質はどのようにして次のニューロンに取り込まれるのだろうか?実はニューロンある受容体という場所に取り込まれているのである。受容体にはさまざまな形があり、それぞれが各々に対応した神経伝達物質を文字どおり受容する。その際の受容は選択的に行われている。しかし薬物の中には受容体に取り込まれる神経伝達物質と似た形のものがあるために、それを取り込むことで本来取り込まれるはずの神経伝達物質の取り込みを阻害し、効果を発揮するものもある。取り込まれた神経伝達物質は酵素によって分解されたり、神経末端に再吸収されたりして興奮はおさまる。

1.2.4 セロトニン
セロトニンの最も重要な役割は強力な平滑筋収縮作用であるが、神経伝達物質としても役割を果たしており、精神、神経機能に広く関与することが知られている。トリプタミンはセロトニンと非常に良く似た構造をしているため、セロトニンを理解することがトリプタミンの理解には重要である。セロトニンのインドール構造による性状が幻覚薬であるLSDとよく似ていることから、精神異常のセロトニン仮説がたてられ、実際精神病治療に用いられる薬のうち、レセルピンは脳セロトニンを枯渇させ、鎮静作用をもっていたりもする。以来、精神病理学の研究とともにセロトニンの研究が進められてきた。それではセロトニンについて詳しく見ていくことにしよう。

(1) 生合成
セロトニン(serotonin;5-hydroxytryptamine, 5-HT)は、必須アミノ酸である(L-)トリプトファン(tryptophan)がトリプトファンヒドロキシラーゼによってインドール環の5位が水酸化されたものである(L-)5-ヒドロキシトリプトファン(5-hydroxytryptophan, 5-HTP)を経て、芳香族(L-)アミノ酸デカルボキシラーゼによって脱炭酸されることで生合成される。

生体内に存在するセロトニンの90%は胃腸間粘膜のクロム親和性細胞で生合成され、血中に入り、血小板に取り込まれて全身に運搬される。ただし血中のセロトニンは血液脳関門を通過して脳に入ることができないので、これによって脳機能が影響されることはない。したがって中枢作用を示すことができるセロトニンは神経内で生合成されるものに限られる。このようにして生合成されるものは生体に含まれる全セロトニン量の1~2%にすぎないが、このセロトニンが神経伝達物質として作用するのである。

(2) 中枢神経のセロトニン
脳、脊髄には0.4~0.8μg/gのセロトニンが含まれ、その濃度はカテコラミンとほぼ同じレベルである。セロトニンは神経細胞内に存在し、グリア細胞には含まれていない。セロトニンは神経終末部、細胞体のいずれでも生合成されるが、生合成酵素自体は、細胞体で生合成されたものが軸索輸送によって終末部に送られている。脳セロトニン含有細胞は、延髄、橋、中脳の中央部に、縫線核と一致して分布している。

(3) セロトニン受容体と中枢作用
刺激によって遊離されたセロトニンは、標的細胞のセロトニン受容体と結合して生理作用を引き起こす。外から投与したセロトニンによっても同様の反応が引き起こされる。セロトニン受容体は最初、GaddumによってDとMのサブタイプに分類された。D受容体は胃腸管や子宮などの平滑筋に存在し、その反応はLSDおよびダイべナミンによって遮断される。M受容体はコリン性神経に存在し、コカインとモルヒネによって拮抗され、アセチルコリン遊離を介してムスカリン作用を示す。しかしその後、放射性リガンドを用いた結合実験などによって、受容体はさまざまなサブタイプをもつことが明らかとなった。

ここで中枢作用についてであるが、セロトニンは血液脳関門を通過できないので、静脈注射や経口投与してもその作用は現われない。セロトニン前駆物質を投与するか、取り込み阻害薬、分解酵素阻害薬あるいはセロトニン受容体作用薬を投与すると中枢作用が現れる。動物にMAO阻害薬と5-HTPを投与すると、振戦、筋剛直、異常姿勢、異常運動などの行動変化を示すことなどから、セロトニンは運動系に影響を与える。またセロトニンは抹消の痛覚神経を刺激したり、中枢痛覚路を抑制したりするなど、知覚系にも影響を与える。その他にも体温調節、睡眠、摂食行動、催吐作用、性行動、攻撃作用に関与したり、幻覚を起こしたりするなど、さまざまな作用を引き起こすことが知られている。

(4) セロトニンとうつ病
脳内セロトニン量と関係があると考えられている精神疾患として、うつ病がある。明確な証拠があるわけではないが、抗うつ作用を示す薬が、

1.シナプス間隙でのセロトニン濃度を上昇させる
2.そのことに対する応答としてシナプス後部のセロトニン受容体が減少する
という働きをするため、脳内セロトニン量の減少がうつ状態を引き起こしていると考えられている。とはいえ、1,2のどちらが抗うつ薬としての働きを示しているのかは未だ明らかになっていない。うつ病は脳内セロトニン量の減少が原因であると上で述べたが、同様に、

Ⅰ.セロトニン放出が減っていること
Ⅱ.そのことに対する応答としてシナプス後の受容体が増えていること
のどちらがうつ病の直接的な原因になっているのかという問題も未解決である。現在一応考えられているメカニズムは、

A.うつ病になりやすい人は、生育歴の問題によるセロトニン神経の発達の阻害,遺伝的素因などから、セロトニンの基礎放出量が元々少ない。
B.そのため、シナプス後の受容体は過感受性になっている。
C.一般的に、ストレスがかかると過剰にセロトニンが放出される。
D.その際、セロトニン受容体の感受性が亢進した、うつ病になりやすいような人に限って、障害,すなわちうつ病が起こる。
というものであるが、Aに関しては証拠が少なく確証は持てていない,Bは血小板においては確認されているが脳では調べようがない,Cはヒトに関しては明確にはなっていない,Dに至っては仮説にしか過ぎない、という事実からも分かるように、うつ病についてはまだまだ不明な点が多いというのが実状である。

(5) LSD
LSDは、ヒトでは0.5~1μg/kgの内服で鮮やかな色彩の特徴のある幻覚を引き起こす幻覚薬(hallucinogens)であり「麻薬及び向精神薬取締法」で規制されている。セロトニンと似た構造を持ち、様々な5-HT受容体のサブタイプに結合する。LSDが作用する受容体サブタイプとしては、

:自己受容体であり、セロトニン神経の発火を抑制するために神経終末からのセロトニン遊離の減少を起こす。
:この受容体を欠くノックアウトマウスはLSDの探索行動への影響が減弱したとの報告がある。そのことから、LSDがこの受容体を介して作用することも示唆されている。
:partial agonistとして作用し、セロトニンの阻害とセロトニン受容体の刺激をする。一般的に、LSDの持つ催幻覚作用は、この受容体への作用によるものとして理解されている。
:LSDはこの受容体に対してセロトニンと同じように結合するが、受容体後の信号伝達のレベルでは異なった反応を示す。具体的には、PLC→PKCの系は同じように活性化するにもかかわらず、 反応が見られない上に、受容体のリン酸化が見られない。もし受容体のリン酸化が受容体の脱感作に関係するのならば、この特性がLSDの異常に強い作用を説明するかも知れないと期待できる。
などがある。トリプタミンの作用もLSDとよく似ていると考えられる。どちらの物質も作用は複雑で、まだ完全には理解されていないようである。

1.2.5 危険性について
トリプタミンは、麻薬に指定されているDMTとその構造が酷似している。密造者は「違法」とされている薬物の分子構造の一部を別の物に置き換えて「デザイナー・ドラッグズ」として知られる一種の類似薬物をつくるのである。これらの麻薬類似薬物を製造する際のほんのちょっとした間違いからは、パーキンソン病に見られるような症状……制御できない振戦(=震え)、呂律の回らない話し方、麻痺、そして再生不良の脳障害などをもたらす。まだ覚せい剤取締法や麻薬取締法でこそ規制されていないが、その作用のために、薬事法に違反している。他の脱法ドラッグ同様に、むやみに服用することは大変危険である。

トリプタミンの有害作用としては、嘔吐、呼吸障害、運動失調、昏睡、幻覚、精神分裂などがある。脳内セロトニンに影響するので、手足のしびれ、瞳孔の拡大、体温調整の変調、頭痛、発熱、吐き気が表れる。最悪の場合セロトニン症候群で死亡する。特に、SSRI(代表的な抗鬱剤)、MAO阻害剤(パーキンソン病の薬、抗鬱剤、高血圧症、狭心症など…)との併用は危険とされている。

また、トリプタミンは、MAO(モノアミン酸化酵素…体内に広く分布する酵素)阻害薬の作用を持ち、セロトニンを増加させるが、MAOは、胃腸管から吸収されるモノアミンの解毒及び内因性アミン類の代謝にも関連している。チーズ、レバー、ワイン、鶏、牛、牛乳、ビール、醤油、味噌、ソーセージ、バナナ、アボガドなど、様々な食品に含まれるチラミンは、通常は腸管壁や肝臓中のMAOにより破壊されてしまうが、MAO阻害剤が効いているときにこれらの食品を取ると、チラミンが容易に循環系中に侵入する。やがてチラミンはMAOが抑制されているため、神経終末部に集積したノルエピネフリンの大量放出を惹起し、結果的に血圧の異常な上昇、高血圧の危険性がある。脳卒中をひきおこすこともあるようだ。臨床においてMAO阻害剤が用いられる場合、投与中止後、最低二週間は酵素の代謝が正常にならないため、食事制限がなされるようである。こうした知識なくして、巷にあふれる合法ドラッグを摂るものもたくさんいるであろうことが予想される。

今回、こうした脱法ドラッグの実態を調べる際、インターネットで、実際に脱法ドラッグを使用している人たちの書いたものなどを読んで、本当に危険なものだと実感できた。「原子レベル以下のエネルギー状態に肉体が分解され」や「当初の目的は自分の内面を反映させたビジョンからセルフとの交信へのきっかけを掴む事で生きる意味を探ろうとしていましたが、2回目の摂取でそんなちっぽけな計画は無になりました」や「この宇宙は1センチ程の球体となって私の第三の目に入りました」や「瞳孔パカーンで頬の筋肉が引きつってるんだけど満面の笑顔でビッと親指立てたくなるよね」といったトリプタミンの使用に関する記述を読むと怖いと思う。また、トリプタミンではありませんが、飛べると勘違いして5階の窓から飛び降りたといった事例もあるようだ。

一般に脱法ドラッグは、法律により所持や使用を禁止されている薬物ではないが、規制薬物の形態を変えたり、分子構造の一部を組み替えたりしただけで、作用はほとんど規制薬物と変わらない成分を含んでいるものもある。製品によっては、意識消失、昏睡、心停止などを起こす可能性のある成分、依存性の高い成分などを含んでいることもある。急性にも慢性にも、精神と肉体をむしばみ、また逃れにくいものであり、服用は大変危険である。

デザイナー・ドラッグは密造所で製造されている。安上がりに作れるので、乱用者にとっては非常に強い影響を及ぼす。こうした密造所の化学者連中は、合法な物質や非合法な物質の分子構造の一部に手を加え、法では明確に「違法な物質」と定義されていないような、新たな物質を作りあげている。そこに潜んでいる危険性は、このほんの僅かな構造上の変更により、本来は「ハイ」な気分にさせる物を、たちどころに悲劇的な死をもたらす物へと変えてしまうという点にある。

不老不死への科学