第4章 ~循環器系疾患~

4.1 概要
 近年では生活習慣の欧風化によってエネルギーの過剰摂取や運動不足が慢性化し、肥満や糖尿病を患うことも珍しくなくなってきた。それと共に虚血性心疾患や高血圧などの循環器系に由来する疾患が社会に露呈するようになってきた。循環器系の疾患は心臓、血管(血液)のいずれかの障害により生じる。特に血液の成分は食生活に依存する面が多いため、近年の患者の増加は食生活に由来する面も多いに違いない。このように日常生活に浮上しつつある循環器系疾患のうち、馴染みの深い高血圧症、動脈硬化、狭心症の3つを取り上げ、これらの疾患に対する漢方と西洋型のアプローチの相違について検討する。

4.2 代表的な循環器系疾患と薬
(1) 高血圧症
高血圧症は血圧が正常値よりも高い状態にある疾患を指し、収縮期圧が140mmHg以上または拡張期圧95mmHg以上が高血圧症とされている。高血圧症の成因ははっきりしないことが多く、原因がはっきりしないものを本態性高血圧症、腎臓異常・内分泌異常などによる二次的に生じる高血圧症を二次性高血圧症という。この項では本態性高血圧症を取り扱う。高血圧症は自覚症状が無く、他の症状が誘発されるまで保持してしまうことが多い。高血圧症からは動脈硬化や心臓の肥大が起こり、心臓の肥大は心不全につながる。なお、動脈硬化については第二項、心不全については第三項で取り扱う。高血圧症の原因として考えられているものは塩分・脂質の過剰摂取、肥満、飲酒、喫煙、ストレスといった生活習慣に起因するものであり、生活習慣病の一つとして位置付けられている。

(i) 漢方による治療
漢方での高血圧症の治療は、血圧を下げる効果が期待できる漢方薬が多くはないため、合併症の予防と自覚症状の改善に焦点が置かれる。主な漢方薬は次のようなものである。
・柴胡加竜骨牡蛎湯…体力のある人向けで、動脈硬化、高血圧症に効果がある。また、精神症状にも効果がある(6.2を参照)。(柴胡、半夏、茯苓、桂枝、黄芩、大棗、人参、竜骨、牡蛎、生姜、大黄)
・大柴胡湯…比較的体力があり、便秘、耳鳴り、肩こりのある人向けで、高血圧症及び動脈硬化に効果がある。他に消化器系の疾患や胆嚢・肝機能障害などにも効果がある(3.2、5.2、6.2を参照)。
・釣藤散…体力がやや低下した人で、慢性の頭痛、肩こり、めまいがある人向けで、高血圧症、動脈硬化に効果がある。他に結膜の充血などにも用いられる。 (石膏、釣藤鈎、陳皮、半夏、麦門冬、茯苓、人参、菊花、防風、甘草、生姜)
・八味地黄丸…体力がやや低下した人で、疲労倦怠感、冷え、尿量減少がある人向けで、高血圧症、動脈硬化に効果がある。他に腎炎、坐骨神経痛、腰痛、糖尿病などにも効果がある(5.2を参照)。 (地黄、茯苓、山菜萸、山薬、沢瀉、牡丹皮、桂枝、附子)

(ii) 西洋薬などによる治療
血圧を下げるためには総末梢抵抗を下げるか、心拍出量を減少させるという手段がある。しかし、高血圧の患者は概ね総末梢抵抗の増加が原因となっているため、総末梢抵抗を下げることが主眼となる。ただし、循環血流量や心拍出量を下げることによる治療もなされる。用いられる薬物としては、総末梢抵抗を低下させるα遮断薬、カルシウム拮抗薬、ACE阻害薬、アンジオテンシン受容体拮抗薬、心拍出量を低下させるβ遮断薬やサイアザイド系利尿薬、中枢作用により心拍出量と総末梢抵抗を下げるα2作用薬などである。これらの薬剤はいずれも副作用が強い。β遮断薬は気管支喘息や心不全、リバウンド性の狭心症や心筋梗塞を引き起こす。サイアザイド系利尿薬では低カリウム血症、低ナトリウム血症、高カルシウム血症、痛風、高脂血症などが生じる。α遮断薬は起立性低血圧、カルシウム拮抗薬は頻脈や浮腫、ACE阻害薬は高カリウム血症や血管浮腫や空咳、アンジオテンシン受容体拮抗薬では高カリウム血症、α2作用薬では中枢性の副作用が生じる。このように、西洋薬では降圧作用を期待することはできるが、危険な副作用も生じ得る。

(2) 動脈硬化
 動脈硬化は血管壁の一部が肥厚したり硬化したりして構造が崩れ、正常な機能ができなくなる病気である。これを大別すると二種類になる。一つは粥腫と呼ばれるコレステロールを内蔵する瘤ができる粥状硬化であり、一般的に言われる動脈硬化は粥状硬化を指す。もう一つは動脈自体がもろくなるものである。いずれにしても血管の内壁が肥厚して弾性を失い、血流が悪くなる。表れる症状はどの動脈が硬化するかによって異なり、脳動脈であれば物忘れ、手足の痺れ、冠動脈であれば胸痛、末梢動脈では一時的な機能障害といった症状が生じる。動脈硬化の原因となるものは老化、脂肪・糖分・塩分の過剰、高血圧症などが挙げられ、喫煙や肥満、運動不足などにより症状は悪化する。進行の具合によって脳卒中や狭心症、心筋梗塞などにつながり、致命的な症状を引き起こす危険性がある。

(i) 漢方による治療
 動脈硬化は漢方では血管壁由来の血の滞りとして捉えられ、次のような薬が適用される。
・柴胡加竜骨牡蛎湯…(1)高血圧症を参照
・大柴胡湯…(1)高血圧症を参照
・四逆散…比較的体力のある人向けで、動脈硬化の他、胆嚢機能障害、胃の疾患、気管支炎、ヒステリーなどに効果がある(6.2を参照)。(柴胡、芍薬、枳実、甘草)
・小柴胡湯…体力は中程度で、上腹部の両側面に苦満感のある人向けで、動脈硬化の他、熱性疾患に効果がある(3.2、5.2、6.2を参照)。
・柴胡桂枝湯…体力は中程度で、発熱、発汗、悪寒、頭痛、吐き気のある人向けで、動脈硬化の他熱性疾患に効果がある。(3.2、5.2を参照)
・釣藤散…(1)高血圧症を参照
・柴胡桂枝乾姜湯…体力がなく、冷え性・貧血気味の人向けで、動脈硬化の他、更年期障害や神経症にも効果がある(6.2を参照)。(柴胡、桂枝、栝楼根、黄芩、牡蛎、乾姜、甘草)
・八味地黄丸…(1)高血圧症を参照

(ii) 西洋薬などによる治療
 西洋型のアプローチによって動脈硬化に対処すると次のようになる。動脈硬化の成因である高脂血症、高血圧症、糖尿病を治療するとともに、血流障害や血栓の形成を防ぐ。即ち、薬物治療という観点では脂質代謝改善薬、降圧薬、粥状動脈硬化を抑えてLDLコレステロール値を下げるカルシウム拮抗薬、血栓溶解剤が用いられる。手術による手段としてはバイパス手術やバルーン療法、レーザー療法が採られる。また、予防のために食餌療法や運動療法が採用されている。手術による治療はそれ自体でリスクを伴うものだが、薬物治療の場合にも相応の副作用が存在する。脂質代謝改善薬は胃腸障害、肝臓酵素の発現上昇、微熱、かゆみ、胆石などを引き起こす。降圧薬やカルシウム拮抗薬についての副作用は(1)高血圧の項の(ii)西洋薬などによる治療に挙げた通りである。さらに、血栓溶解剤は出血の合併が起こり、悪い場合には脳出血を引き起こしてしまう。つまり、西洋薬は動脈硬化の成因の除去に用いたり、対症療法に用いたりすることはできるが、相応の副作用が生じることを覚悟する必要がある。

(3) 狭心症
狭心症とは冠動脈の狭窄による心臓への酸素供給の低下や、心臓の酸素消費量が増加することによって相対的に酸素供給が不足することにより胸部に独特の不快感を生じる疾患である。狭心症は労作性狭心症、安静狭心症、不安定狭心症の三種類に分類できる。労作性狭心症は運動やストレスによって心臓の酸素消費が増加したときに誘発される。原因は冠動脈の動脈硬化により冠血流量が減少している場合が多い。安静狭心症は安静時においても冠動脈の痙攣によって冠血流量が著しく減少することによって生じる。不安定狭心症では発作が不安定であり、かなりの確率で心筋梗塞に移行する。いずれの場合にも運動などによって酸素必要量が増加すると虚血状態に陥り、発作が起こりやすい。狭心症の発作が続くと心機能の低下をもたらし、心不全になる可能性もある。

(i) 漢方による治療
狭心症に対する即効性の漢方薬はないため、狭心症発作の再発の防止と病状の安定化を目的として処方がなされる。主要な漢方薬は次のようなものである。
・五苓散…利尿作用により狭心症の症状を軽減する。この他、浮腫、下痢、嘔吐、胃内停水、尿毒症などに効果がある(3.2、5.2を参照)。
・柴胡加竜骨牡蛎湯…(1)高血圧症を参照
・大柴胡湯…(1)高血圧症を参照
・木防已湯…顔色が悪く咳を伴う呼吸困難あるいは心臓下部に緊張重圧感がある人向けで、心臓疾患、心臓性喘息に効果がある。(石膏、防已、桂枝、人参)
・柴苓湯…吐き気、食用不振、のどの渇きのある人向けで、利尿作用により狭心症の症状を軽減する。この他、炎症の抑制や暑気あたりなどに効果がある(5.3を参照)。(柴胡、沢瀉、半夏、蒼朮、黄芩、猪苓、大棗、人参、茯苓、桂皮、甘草、生姜)
・真武湯…新陳代謝低下して体力虚弱で、倦怠感、四肢の冷感がある人向けで、新陳代謝向上により、高血圧症、心臓弁膜症、心悸亢進などに用いられる。他に脊髄疾患、神経衰弱、半身不随、リウマチに効果がある(6.2を参照)。(茯苓、芍薬、朮、生姜、附子)

(ii) 西洋薬などによる治療
 狭心症に対する西洋薬のアプローチでは心臓の仕事を減らして酸素需要を減らすか、酸素の供給量を減らすことを目指す。治療に用いられる薬物としては、第一に硝酸薬が挙げられる。特にニトログリセリンは狭心症発作の特効薬となる。硝酸薬は主に静脈の拡張を引き起こして静脈還流を減らし、心臓の仕事量を減らすことができる。他に使われる薬剤は主に予防を目的とするものであり、冠血流量の増加と心筋酸素消費量の減少をもたらすカルシウム拮抗薬と、心筋酸素消費量を抑えて労作性狭心症の予防になるβ遮断薬が用いられる。また、心筋梗塞への移行を防ぐために血小板凝集抑制剤が用いられることもある。
硝酸薬は血圧の低下により反射性頻脈を引き起こすという副作用がある。また、薬理作用をもたらす一酸化窒素が硝酸薬から生じる際に活性酸素種を生じるため、身体の組織を傷つけてしまうことがある。カルシウム拮抗薬やβ遮断薬の副作用は(1)高血圧の項の(ii)西洋薬などによる治療に挙げた通りである。なお、外科的手段としては冠動脈のバイパス手術やバルーン療法によって冠血流量を増やす方法が採られる。

4.3 漢方薬と西洋薬
 循環器に由来する3つの疾患について各々の治療に用いられる薬について調査したが、漢方薬では柴胡加竜骨牡蛎湯や大柴胡湯、西洋薬では降圧薬のうちβ遮断薬やカルシウム拮抗薬はどの疾患に対しても用いられている。漢方では患者の体質を検討して適切な薬を選んで処方することになり、西洋の方式では症状に応じて適切な薬を選択することになるという点で違いがあるにもかかわらず同じような傾向が見られるのは、同じ器官系の疾患であっていずれも発症する原因が類似し、その症状をもたらす器官の異常も基本的には類似性があるためだろう。そして、結局漢方薬も西洋薬と同じ薬の部類に入る物質であり、特定の薬理作用を持つことに変わりはないという点をうかがわせる。

 一方、漢方及び西洋型のアプローチを比較すると西洋薬では副作用が強いという印象を受ける。無論、漢方薬にも副作用は存在するが、患者の体質に合った漢方薬を用いることにより副作用は小さく抑えられる。そのため、西洋薬に見られるような致命的な副作用が生じることは基本的にはない。このような点では漢方薬が優れているといえよう。だが、基本的に身体機能を改善することによって治療を達成する漢方では症状を直接的に改善することは難しい。即ち、狭心症に対するニトログリセリンのような、疾患に対する特効薬を漢方薬に望むことはできない。したがって、漢方薬による長期治療によって慢性的な疾患の改善や発作性の疾患の予防は期待できても、発作性の疾患で発作が生じてしまった場合にはそれを抑制することは難しい。対症療法を基本とする西洋薬では特効薬を作り上げることは原理的に可能であり、即効性においては西洋薬に軍配が上がる。

 このような比較から得られる帰結としては、疾患に対する抵抗性を増して治療するためには漢方薬、症状を改善させる、特に即効性を求める場合には適切な西洋薬を用いるのが良いと言えよう。ただし、漢方薬も西洋薬も目的は違っても同様に代謝・排泄される薬であるため、併用すれば良いというわけではなく必要に応じて使い分ける必要があるだろう。

不老不死への科学