第6章 ~神経系疾患~

6.1 概要
神経系の中でも、特に中枢神経系の疾患は、10人に1人が生涯において罹患するといわれるほど頻度が高い。西洋薬・漢方薬による治療法が提案されているパーキンソン病、うつ病、躁病、癲癇、不安神経症の5つの中枢神経系疾患を例に取り、漢方薬と西洋薬の治療法を比較検討する。

6.2 代表的な神経系疾患と薬
(1)パーキンソン病
パーキンソン病は50歳以上の人口の1%がかかる神経難病である。症状としては、運動緩慢、静止時振戦、筋強剛以外に、特有の前かがみの姿勢、仮面様顔貌、自律神経障害などを示す。病態としては黒質、線条体の進行性選択的変性疾患で、A9ドパミン神経系(黒質-線条体)が侵される。線条体から黒質に至るGABAニューロンを、ドパミンは抑制的、アセチルコリンは興奮的に調節している。パーキンソン病ではドパミン含量が低下するため、ドパミンと拮抗するアセチルコリン系が相対的に増強している。

(ⅰ)漢方薬による治療
・真武湯…めまい、浮腫(下半身)、尿量減少、四肢のだるさ、疲れやすい、下痢、脈沈遅などに効果がある(4.2を参照)。
・補中益気湯…虚弱体質、食欲不振、病後の衰弱、疲労倦怠などに効果あり、体力増強を目標とする(5.2、7.3を参照)。
・抑肝散加陳皮半夏…神経症状(顕著)、恐怖、頭痛、上逆、めまい、肩こり、不眠、全身倦怠などに効果がある。(当帰、釣藤、川芎、陳皮、半夏、白朮、茯苓、柴胡、甘草)
(ⅱ)西洋薬などによる治療
パーキンソン病の治療の原理は、低下しているドパミンを補うか、アセチルコリンを抑制するかである。ドパミンを補う薬物には、前駆体として脳に入るもの、部分アゴニスト、ドパミンの合成促進、再取り込み抑制、遊離促進を起こすもの、分解酵素を抑制するものがある。L-dopaはドパミン前駆体として投与され、脱炭酸酵素(AADC)によってドパミンを生じる。血液脳関門を通過しないAADC阻害薬を併せて投与すると、中枢作用が増強される。L-dopaにはon-off, wearing-offの薬効における特徴があり、部分アゴニストはこれらに有効である。

(2)うつ病
感情障害の一種で、人口の5~6%と頻度が非常に高い。また、患者の15%に自殺の恐れがあり、適切な早期治療が必要とされている。うつ病は、感情の落ち込み(悲哀感、罪悪感、緊張感、不安、感情抑制)とともに、身体症状(不眠、食欲不振、体重減少、活動性低下、性欲低下)を伴う重症のうつ状態を指す。うつ病の病態に関しては現在明らかにされていないが、モノアミン受容体の脱感作説が提唱されている。

(ⅰ)漢方薬による治療
・加味逍遥散…ストレスによる憂うつ感やイライラを和らげる、自律神経の興奮を抑制する。(当帰、芍薬、蒼朮、茯苓、牡丹皮、柴胡、山梔子、甘草、生姜、薄荷)
・桂枝加竜骨牡蛎湯…消化器の働きをよくして、心神を安定させる効果がある。(桂皮、大棗、芍薬、甘草、生姜、龍骨、牡蛎)
・柴胡加竜骨牡蛎湯…熱や神経の興奮による精神不安をしずめる効果がある(4.2を参照)。
・小柴胡湯…消化器の働きを改善することによって、体全体のバランスを整える(3.2、4.2、5.2を参照)。
・大柴胡湯…憂うつ感、イライラ、怒りっぽい、不眠など効果がある(3.2、4.2、5.2を参照)。
・女神散…のぼせ、めまい、頭痛、イライラ、憂うつ感、悪心、食欲不振、元気がないなどの症候を改善する(当帰、川芎、白朮、香附子、人参、桂枝、黄芩、檳榔子、木香、丁香、甘草、黄連、大黄、丁字)

(ⅱ)西洋薬などによる治療
抗うつ薬には、シナプス前膜におけるトランスポーターを介するセロトニン・ノルアドレナリンの再取り込みを阻害する、三環系抗うつ薬、異環系あるいは第二世代抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬と、モノアミンの分解を抑制するMAO阻害薬とがある。三環系抗うつ薬は、悲哀感、感情抑制、不安・焦燥などの症状に対し、それぞれイミプラミン、デシプラミン、アミトリプチリンを使い分ける。三環系抗うつ薬は、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用に加え、抗コリン作用、抗ヒスタミン作用、α1ブロック作用を持つため、麻痺性イレウス(抗コリン作用の重症例)、鎮静、眠気(抗ヒスタミン作用)、心疾患のある患者で不整脈(α1ブロックによるノルアドレナリンの上昇と、抗コリン作用による頻脈)などの副作用がある。これらの副作用の内、異環系・第二世代抗うつ薬は自律神経症状を、選択的セロトニン再取り込み阻害薬は抗コリン、抗ヒスタミン、α1ブロック作用を克服するために開発された。最近選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)も開発されている。MAO阻害薬は三環系抗うつ薬や電撃療法が効かなくなったときに使われるが、中枢興奮作用(不眠、けいれん、運動失調)、起立性低血圧、抗コリン作用、肝臓障害など多様な副作用があり、現在あまり用いられない。

(3)躁病
躁病の患者は自我感情が高揚し、多弁、多動で過度にほがらかであるが、そこに不安感も混じっている。不眠、自信に満ちており、観念の奔逸、誇大な考え・妄想を伴う。一般的には、躁状態とうつ状態の二相性の躁うつ病として起こることが一般的である。

(ⅰ)漢方薬による治療
・甘麦大棗湯…夜泣き、ひきつけなどに用いられる。(大棗、甘草、小麦)
・桃核承気湯…婦人疾患に広く用いられ、頭痛、イライラ、めまいなどの神経症状に適用される。(桃仁、桂皮、芒硝、甘草、大黄)

(ⅱ)西洋薬などによる治療
躁病の治療には、フェノチアジン系の抗統合失調症(精神分裂病)薬や、抗てんかん薬のカルバマゼピン、バルプロ酸、クロナゼパムが用いられ、特異的なものとしては炭酸リチウムがある。炭酸リチウムは、予防的に投与しておくと感情の揺れが抑制されるため、うつ病相の出現も予防される。作用機序は不明であり、疲労感、筋無力、言葉が遅い、運動失調、振戦、悪心・嘔吐、下痢、多飲、多尿など副作用も多い。

(4)てんかん
てんかんは、様々な原因で起こる慢性脳疾患である。症状の特徴はニューロンの過剰な発火に由来する反復性の発作(てんかん発作)で、痙攣、意識障害が中心。知覚障害、自律神経障害を伴う。いずれの場合も脳波に異常が認められる。

(ⅰ)漢方薬による治療
・黄連解毒湯…イライラ、転々反側、不眠などに効用がある。(黄連、黄芩、黄柏、山梔子)
・甘麦大棗湯…(3)躁病を参照
・桂枝加竜骨牡蠣湯…(2)うつ病を参照
・桂枝茯苓丸…婦人病、女性の美容剤として代表的な処方。(桂皮、茯苓、牡丹皮、桃仁、芍薬)
・柴胡加竜骨牡蛎湯…(2)うつ病を参照
・三黄瀉心湯…過度の思考、心配などによる顔や頭部の充血、精神不安、不眠などの興奮状態に適用される。(黄芩、黄連、大黄)
・四逆散…神経過敏、精神内うつなどに用いられる(4.2を参照)。
・大柴胡湯…(2)うつ病を参照
・桃核承気湯…(3)躁病を参照
・抑肝散加陳皮半夏湯…(1)パーキンソン病を参照

(ⅱ)西洋薬などによる治療
抗てんかん薬の作用機序は未だ明確でないが、GABA作用の増強、Glu作用の抑制、イオンチャネルの抑制の3つが考えられる。てんかんの発作は部分発作と全般発作があり、全般発作は、さらに強直間代発作と欠神発作に分けられる。抗てんかん薬は発作のタイプにより、用いられる薬を選択する。フェノバルビタールは全般性強直間代発作に有効であり、部分発作には必ずしも有効ではない。逆に、ベンゾジアゼピン系薬は、強直間代発作以外のすべての発作に有効である。また、部分発作とその全般化発作に対して有効な治療薬として、カルバマゼピン、ゾニサミドが挙げられる。フェニトインは欠神発作以外のすべてのてんかんに効くが、欠神発作に対してはむしろ増悪させる。反対に、バルプロ酸、エトサクシミドはすべての型のてんかんに効くが、特に欠神発作に効きやすく、それぞれ欠神発作に対して、第一・第二選択薬となっている。副作用としては、特にフェニトインにおいて、鎮静、歯肉増殖、眼球振戦、運動失調、複視、多毛症、皮疹、大球性貧血など多彩である。

(5)不安神経症
特に、強度の精神的緊張により、正常の行動ができない病的な不安状態。特徴としては、
漠然とした恐怖感を持ち、落ち着かない心理状態となり、脱力感・ふるえ・めまい・動悸・呼吸困難・不眠・尿意頻数などが起こる。

(ⅰ)漢方薬による治療
・黄連解毒湯…(4)てんかんを参照
・加味逍遥散…(2)うつ病を参照
・甘麦大棗湯…(3)躁病を参照
・桂枝加竜骨牡蛎湯…(2)うつ病を参照
・五積散…冷えによる悪心、神経痛などの症状に用いられる。(当帰、川芎、芍薬、白朮、厚朴、陳皮、茯苓、半夏、白芷、枳殻、桔梗、麻黄、大棗、乾姜、桂皮、甘草)
・柴胡加竜骨牡蛎湯…(2)うつ病を参照
・柴胡桂枝乾姜湯…不眠、神経症などの症状に効果がある(4.2を参照)。
・三黄瀉心湯…(4)てんかんを参照
・四逆散…(4)てんかんを参照
・四物湯…婦人疾患、血虚などに広く使われ、血行をよくする作用がある処方。(当帰、芍薬、川芎、熟地黄)
・天王補心丸…不眠症・自律神経失調症・神経衰弱・心臓神経症・健忘症などの症状に使われる。(酸棗仁、地黄、柏子仁、麦門冬、天門冬、五味子、当帰、遠志、茯苓、丹参、玄参、党参、桔梗)
・女神散…(2)うつ病を参照
・半夏厚朴湯…気分がふさいで晴れ晴れしないといった神経症状の人に用いる薬方(3.2を参照)。
・半夏瀉心湯…気持ちがすっきりしないなどの症状を目標とする(3.2を参照)。
・抑肝散加陳皮半夏湯…(1)パーキンソン病を参照

(ⅱ)西洋薬などによる治療
抗不安薬には、ベンゾジアゼピン系薬とセロトニン1A受容体作動薬がある。ベンゾジアゼピン系薬は、不安による不眠症に効果がある。長期間連用すると、知的能力・精神運動能力に低下を来たし、依存症が起こり、禁断症状(混乱、痙攣、中毒性精神病)も現れる。セロトニン1A受容体作動薬は、ベンゾジアゼピン系薬に比べ比較的長期間使用できる。副作用として、頻脈、心悸亢進、消化管症状を起こしやすい。

6.3 漢方薬と西洋薬
 神経疾患に対する西洋薬の特徴として、対症療法が中心であるということが言える。このことは、うつ病では病態の議論が未だ仮説の段階にあることや、抗てんかん薬、抗躁薬の作用機序が明らかになっていないことなどに現れている。薬の開発の目標としては、症状の改善を与え、かつ副作用を減らしていく(抗うつ薬に顕著である)方向と、同じ病名でも多彩な症状の患者がいるため、それぞれの症状に効果的な薬を開発する方向があるが、いずれの疾患に対しても、現在の治療法で根本的な治療に至る可能性は低いと考えられる。対して漢方薬による治療は、体質改善による治療を目指す。特徴的な症状に加え、それに伴う体調不良など、患者ごとに独特の症状を併発しやすい神経疾患に対しては、バリエーションに富む漢方薬による治療は有効である。例えばうつ病になるきっかけとして、家族・友人などの環境の変化が影響することがあると言われるが、体質と生活習慣の改善は、このような場合に重要であろう。ただし、振戦や痙攣、あるいは発作的な症状に対して、漢方薬が有効であるとは言えず、この点では特徴的な症状をターゲットにする西洋薬が活躍する。

不老不死への科学