3章 〜細胞障害性抗がん剤の作用〜

癌(悪性腫瘍)は分裂増殖が際限なく行われる細胞の病気である。抗癌剤は、2章で述べたような細胞分裂に必要な過程を何らかのかたちで阻害することにより、癌細胞の増殖や生存を阻止してこれを死滅させることを目標にした薬である。抗癌剤により腫瘍細胞の核酸合成や機能を止めてしまうと腫瘍細胞は死亡するが、一回の治療では一部分の細胞が死滅するだけなので細胞数を減らすために数回の投与が必要となる。以下、このような機能を持つ細胞障害性抗がん剤の作用機序について述べることにする。

3.1 細胞分裂阻害薬の作用機序
癌細胞の増殖は、2.1細胞周期で見た正常細胞の分裂過程と同じように細胞周期と呼ばれる一連の細胞分裂過程を通して行われる。ここでもう一度まとめると、ヒトを含めた真核生物の細胞周期は次のようになっている。

大部分の増殖細胞では、4期が連続的に進行し、それに要する時間は細胞のタイプ、発生の段階に応じて10~20時間である。間期を構成するのはG1,S及びG2期である。DNAはS期に合成され、細胞のその他の巨大分子は間期を通じて合成される。この結果、細胞の大きさがほぼ倍加する。G2期には分裂(M)期へ準備を整え、M期には遺伝物質が均等に分配され、細胞が分裂する。非分裂細胞は正常な周期から出て、静止のG0状態になる。(図1)

このような細胞の増殖は核酸とタンパク質の合成の結果であるといえ、それは転写と翻訳の過程で成り立つ。転写の過程が行われる前に、先ず核酸の単位であるヌクレオチドが合成される。次いでそれが重合し、DNA二重らせんとなりこの二重らせんの間の核酸塩基(base)の配列で遺伝情報が作られ、それによってmRNAが作られる。これが転写の過程である。この過程を阻害する化学物質があれば、癌細胞の生育を強く阻害し、死滅させることができる。この癌細胞の転写過程を抑制することを目的とした抗癌剤の代表が後述の代謝拮抗剤とアルキル化剤である。翻訳の過程とはmRNAのヌクレオチド配列によって指定されたアミノ酸配列を持つポリペプチドがリボソームの仲介によって作られることを言う。細菌感染症に用いられる抗生物質の多くがこの過程に作用する薬物である。また抗癌剤には、M期に働き微小管機能を異常にして有糸分裂を抑制することにより殺細胞メカニズムを発揮するものもある。

3.2 副作用の発生
抗癌剤は癌細胞を死滅させることを目的とし細胞傷害性の刺激を与えるが、残念ながら癌細胞だけを標的とした特異性は有していない。癌細胞は正常の細胞よりも成長と分裂が早いという性質に期待して分裂の阻害を狙うため、どうしても成体の正常細胞の中で細胞分裂が速いものも死滅させてしまう。例えば小腸細胞は死んでから再生するまでの半減期が2、3日であり、白血球の一部も同様に速く置き換わる。他の消化管の上皮細胞や毛根細胞、骨髄細胞も同様に分裂の周期が速いためこれらの細胞の死滅はどうしても免れない。
従って副作用として以下のような症状が出てくる。

① 白血球減少(感染症に対する抵抗力の低下)や血小板減少(出血傾向)
例えば、風邪をこじらせて肺炎にかかってしまったりちょっと転んだり打撲しただけで出血或いは内出血を起こしてしまう。
② 消火器症状(口内炎、悪心、嘔吐、下痢、便秘、食欲不振)
小腸上皮細胞が死滅する際に化学物質を放出し、それが嘔吐中枢に伝達されることによって吐き気を催す。当然胃腸の働きが弱まってくるため食欲不振や下痢といった症状が出てくる。
③脱毛
抗癌剤は通常数回のサイクルに分けて投与されるので、脱毛は先ず間違いなく起きるといわれる。

これらの副作用のうち特に①の骨髄抑制は他の病気に罹患し、場合によっては生命にまで危険が及ぶので薬物使用は正常細胞の傷害が回復可能である範囲に限定される。

3.3 細胞周期特異性と癌化学療法
細胞集団の中で分裂増殖している増殖画分と呼ばれる細胞群は、薬剤に感受性を持つと考えられる細胞群である。この増殖画分に位置する腫瘍細胞数が、ある周期に多ければ多いほどよく効く抗癌剤があるが、これを周期特異性薬と呼び周期のある時期の細胞に対してのみ特異的に作用する。(例えば、S期に特異的に作用するものとして代謝拮抗剤が挙げられる。)単回投与では感受性のある周期における接触時間が限られるため、死滅できる細胞数は限定されてしまう。より多くの癌細胞を死滅させるためには,投与量を多くするのではなく、長時間にわたって薬剤を投与し続けるか、反復投与することによって感受性のある周期における接触時間を増やすことが必要である。

他方、ある特定の周期にある細胞に限定せずに全てに効果を発揮する薬剤を、周期非特異性薬と呼ぶ。この群に属する薬物の多くはDNAに結合してこれらの高分子にダメージを与えるものでアルキル化剤が代表的である。殺細胞効果は投与時間ではなく投与量に従い、周期特異性薬が時間依存性の効果を持つのに対して濃度依存性の効果を示す。

不老不死への科学