5章 細胞傷害性抗がん剤の副作用と臨床適用の仕方
がん細胞の増殖は正常細胞と同じく細胞周期を通して行なわれる。このことから分かるように、抗がん剤による細胞障害性の刺激は正常細胞、特に細胞分裂の盛んな骨髄細胞、消化管上皮細胞、毛根細胞などにも及ぶ。したがって、抗がん剤の副作用として、白血球減少(感染症に対する抵抗力の低下)、血小板の減少(出血傾向)、消化管症状(口内炎、悪心、嘔吐、下痢)、脱毛などが起こり、これらの反応が抗がん剤の用量制限因子となって、薬物の使用は正常細胞の傷害が回復可能である範囲に限定される。
近年では、薬物有害反応の異なる複数の抗がん剤を同時に用いて、薬物有害反応を分散させ、がんに対する効果も増強させる多剤併用化学療法(カクテル療法)が行われている。特徴の異なる薬剤を組み合わせることによって、すべての薬物有害反応が軽く済み、軽い薬物有害反応なら薬物有害反応防止剤で克服できるという利点がある。
表1に代表的な細胞傷害性抗がん剤の臨床用法と副作用について挙げる。
表1 主な抗癌剤の臨床適用と副作用など |
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名称 |
適用 |
薬物有害反応(副作用) |
注意点等 |
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≪アルキル化剤≫ |
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ナイトロジェン マスタード類 |
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シクロホスファミド |
悪性リンパ腫、乳がん、卵巣がん、小児がんなど |
白血球減少、血小板減少、貧血、悪心、嘔吐、食欲不振、脱毛、出血性膀胱炎 |
経口投与可能だが、注意しなくてはならないのは出血性膀胱炎。これは本剤の代謝された物質が、膀胱を刺激するためにおこる。これを抑制するために、メスナという薬物を静注する。また、予防するためには水分を多くとり、尿量を増やすことで代謝された物質を薄めて、体外に出すようにする。類似の薬物にイフォスファミドがある。 |
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ニトロソウレア類 |
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ニムスチン、ラニムスチン、カルムスチン、セムスチン |
血液‐脳関門を通過しやすいため、脳腫瘍の治療に使われる。 |
遅延性の骨髄抑制(6〜8週後) |
≪代謝拮抗薬≫ |
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ピリミジン代謝拮抗薬 |
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5−フルオロウラシル(5-FU) |
頭頸部がん、乳がん、胃がん、大腸がん、肝がん、子宮がん |
白血球減少、悪心、嘔吐、下痢、食欲不振、色素沈着、口内炎など |
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静注、経口投与ともに可能。高齢者の場合、ときには重度の下痢がおこり脱水症状になることがあるので注意する。色素沈着は皮膚が黒くなる現象で、日光にあたった部位ほど重度。類似の薬剤に、テガフール、カルモフール、UFT、ドキシフルリジンがある。 |
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ゲムシタビン |
非小細胞肺がん、膵がん |
骨髄抑制、食欲不振、疲労感、発熱など |
シタラビン |
急性白血病、肺がん、乳がん、膀胱腫瘍 |
骨髄抑制、消化管症状、白血球減少、血小板減少、貧血、悪心、嘔吐 |
(サイトシンアラビノシッド) |
成人の急性非リンパ性白血病の治療の中心的薬剤。類似の薬剤としてエノシタビンがある。 |
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プリン代謝拮抗薬 |
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6−メルカプトプリン |
急性白血病、慢性骨髄性白血病、固形腫瘍には用いられない。 |
骨髄抑制、肝機能障害、免疫抑制 |
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通風治療薬のアロプリノールは6−MPの分解を抑えて作用を増強させるため、併用の際には投与量を1/3〜1/4にする。 |
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葉酸代謝拮抗薬 |
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メトトレキサート(MTX) |
急性白血病、小児急性リンパ性白血病、慢性骨髄性白血病、乳がん、絨毛性腫瘍、胃がん、頭頸部がん |
胃炎、下痢、白血球減少、脱毛、食欲不振、肝機能障害、腎尿細管壊死、口内炎 |
小児急性リンパ性白血病、乳がんなどに多く使用される。注意すべき薬物有害反応として口内炎がある。投与量が多い時はロイコボリンカルシウムを併用して予防する。 |
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≪抗がん性抗生物質≫ |
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アンスラサイクリン系 |
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ダウノルビシン |
急性白血病 |
白血球減少、血小板減少、貧血、悪心、嘔吐、心筋障害など |
急性非リンパ性白血病の治療に必要な薬剤でシタラビンと併用して一般的に用いられる。最も注意すべき薬物有害反応は心筋障害で、投与量が増加するとおこりやすい。このため総投与量が制限される。 |
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ドキソルビシン |
悪性リンパ腫、乳がん、胃がん、肝がん、肺がん、骨軟部肉腫 |
白血球減少、血小板減少、貧血、悪心、嘔吐、食欲不振、口内炎、脱毛、心筋障害など |
(アドリアマイシン) |
悪性リンパ腫、乳がんなどの治療の中心的な薬剤。脱毛は全脱毛となるが中止すればもとどおりに生える。最も注意すべきは塩酸ダウノルビシンと同様に心筋障害である。類似の薬剤に塩酸エピルビシン、ピラルビシンがある。 |
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イダルビシン |
急性非リンパ性白血病 |
高度な白血球減少、血小板減少、貧血、悪心、嘔吐、脱毛、心筋障害など |
塩酸ダウノルビシンと同様に急性骨髄性白血病の治療にシタラビンと併用して用いられる薬剤であるが、塩酸ダウノルビシンよりも強い血液毒性が出現する。また心筋障害も投与量の増加に伴い発生する。 |
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ブレオマイシン |
悪性リンパ腫、頭頸部がん、食道がん、精巣(睾丸)腫瘍、皮膚がん、子宮頸がん、肺がん |
胃炎、肺毒性、悪心、嘔吐、発熱、色素沈着など。血液毒性は他の抗癌剤と比べて軽い。 |
我が国で発見された世界に誇る抗がん剤。白血球あるいは血小板減少を全くおこさない珍しい抗がん剤の部類に入る。しかし、間質性肺炎から肺線維症となる肺毒性に注意が必要で、肝機能の悪い人や高齢者には使用しないほうがよいと考えられる。類似の薬剤にペプロマイシンがある。 |
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アクチノマイシンD |
卵巣がん、睾丸腫瘍 |
過敏症、神経系、色素沈着、倦怠(けんたい)、筋肉痛、胃腸障害、肝機能障害、脱毛 |
≪微小管作用薬≫ |
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ビンカアルカロイド |
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ビノレルビン |
非小細胞肺がん |
白血球減少、血小板減少、貧血、神経障害、骨髄抑制 |
類似の薬剤にビンブラスチン、ビンデシン、ビンクリスチンがある。 |
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タキサン |
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パクリタキセル |
乳がん、非小細胞肺がん、卵巣がん |
白血球減少、貧血、血小板減少、脱毛、筋肉痛・関節痛、無力症、末梢神経障害、悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛、口内炎、下痢、肝機能障害、腎機能障害、発熱、呼吸困難 |
ドセタキセル |
乳がん、非小細胞肺がん |
白血球減少、貧血、血小板減少、脱毛、悪心、嘔吐、食欲不振、全身倦怠感、発熱、下痢、口内炎、末梢神経障害、肝機能障害、腎機能障害、浮腫(むくみ)など |
≪トポイソメラーゼ阻害薬≫ |
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イリノテカン |
小細胞肺がん、非小細胞肺がん、子宮頸部がん、卵巣がん、胃がん、結腸・直腸がん、乳がん、有棘細胞がん、悪性リンパ腫(非ホジキンリンパ腫) |
白血球減少、血小板減少、貧血、下痢、悪心、嘔吐、食欲不振、腹痛、腸管麻痺、肺炎、脱毛 |
エトポシド |
悪性リンパ腫、肺がん、急性白血病、精巣(睾丸)腫瘍、悪性絨毛上皮腫、小児固形がん |
白血球減少、血小板減少、貧血、脱毛、悪心、嘔吐 |
悪性リンパ腫、小細胞肺がん、睾丸腫瘍などの治療の中心的な薬剤。静脈注射だけでなく、経口投与もできる。 |
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メピチオスタン |
乳がん |
しわがれ声、皮膚にできる吹き出物、多毛、月経異常、浮腫(むくみ)、色素沈着など |
男性化作用 |
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タモキシフェン |
乳がん |
悪心、出血、外陰掻痒(そうよう:かゆみ)などがあるが、一般的に非常に軽度 |
最も広く用いられているホルモン剤であり、薬物有害反応は長期内服してもほとんどない。 |
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ホスフェストロール |
前立腺がん |
肝・脂質代謝異常、タンパク尿、陰部掻痒、女性様乳房 |
エストロゲン(女性ホルモン)であり、最も注意すべき薬物有害反応は肝障害である。 |
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リン酸エストラムスチン |
前立腺がん |
悪心、嘔吐、浮腫、肝機能異常、循環器症状、貧血、女性様乳房など |
エストラジオール(女性ホルモン)とナイトロジェンマスタード-N-オキシド(抗がん剤)の合剤で、両方の薬物有害反応が発現する。 |
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≪白金製剤≫ |
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シスプラチン |
頭頸部がん、肺がん、食道がん、胃がん、卵巣がん、子宮がん、精巣(睾丸)腫瘍 |
腎機能障害、悪心、嘔吐、神経障害、白血球減少、血小板減少、貧血など |
現在の成人の固形がんに対して最も広く用いられている薬剤で、薬物有害反応として腎機能障害がおこる。それを防ぐために、使用する時は尿量を3,000cc以上とする必要がある。外来では使用できないので、入院して点滴しながら使用する。 |
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カルボプラチン |
頭頸部がん、肺小細胞がん、睾丸腫瘍、卵巣がん、子宮頸部がん、悪性リンパ腫、 非小細胞肺がん
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血小板減少、白血球減少、貧血、悪心、嘔吐、食欲不振、全身倦怠感、脱毛、肝機能障害、腎機能障害など |
シスプラチンの類似薬のプラチナ化合物である。腎機能障害があると薬物有害反応、特に血小板減少を主とする骨髄制御が強くあらわれることがある。最近は腎機能によって投与量を調節し、血小板減少が強くおこらないようにしている。 |
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ネダプラチン |
頭頸部がん、小細胞肺がん、非小細胞肺がん、食道がん、膀胱がん、精巣(睾丸)腫瘍、卵巣がん、子宮頸部がん
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白血球減少、血小板減少、貧血、悪心、嘔吐、食欲不振、下痢、腎機能障害、肝臓機能障害 |
≪その他の抗がん剤≫ |
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L‐アスパラギナーゼ |
小児急性リンパ性白血病、悪性リンパ腫 |
過敏症、精神不安定 |
メドロキシプロゲステロンアセテート |
乳がん、子宮体部がん |
体重増加、浮腫、血栓性疾患、出血など |
注意すべき副作用は食欲の増進と体重の増加。体重が増え過ぎると浮腫が出たり血圧が上がったりする。 |
参考文献
「標準薬理学」 医学書院
「New薬理学」 南江堂
「生化学・分子生物学」 東京化学同人